医大生 の blog

医学部のこと。読んだ本について書きます。

他人の靴を履いてみることができない人たち

うちの弟は発達障害もちだ。中学生の頃、アスペルガー症候群の診断が降りている。

彼は大学に適応できず1年ほど前より引きこもっている。それは別に問題の主座ではなく、わたしが目下頭を悩ませているのは、両親が彼との関係に苦しんでいることだ。

父親と彼は随分前から没交渉状態であるため、母親が主に彼からの要求や会話で消耗させられている。

現在の要求は、食事がまずい、種類が少ないなどがメインのコースである。その他サブメニューとして俺が料理しやすいようにダイニングテーブルを片付けろ、などらしい。といってもわたしも一人暮らしをしており母親づてに聞いた話である。

少し前まで弟はメンタルの調子が悪く、食欲もなかったので食事に文句をいう余裕がなかったようだ。ここにきて元気が出てきたのはいいのだが、母親にあまりに酷な注文をつけるのだ。母はなんとか応えようと新しい料理を作ったりしているの。

母(55)はフルタイムの仕事をしている。その上平日の家事をすべて担っている。行き帰り含めて11時間仕事に拘束されているのに、平日に手の込んだ新作料理を作るのなんて土台無理な話なのだ。
わたしは一人暮らしをして家事というものがどんなに負担かはじめて知った。おそらく弟は全くわからないだろう。

さらに朝っぱらから母の料理の品評会をするという。ここが美味しくない、ここが不味いと詰られる。どうやら味覚過敏があり想定していた味と異なるのがきついらしい。

さらに彼は自分で朝から料理をするためテーブルの上に邪魔なものがあるとすべて床にぶちまけるらしい。

わたしは母に聞いた、なぜ彼はそんな人が傷つくようなことを平気でできるのかと。母(本人もアスペルガーの特性を持つ医師でASDに詳しい)はわたしにもわかるように説明してくれた。彼は傷つけようとして言っている訳でも、まさか母が傷ついているとも思っていないのだと。

相手を傷つけようと言葉を選べる人間は自分の行動で相手がどう思うか想像できる人間であると。それができないのがアスペルガーの特性なのだと。

プレイディみかこの「ぼくはイエローでホワイトで、ちょっとブルー」で、息子氏が試験で「エンパシー」とはどういうものかを問われた際「誰かの靴を履いてみること」と答えたと読んだ。

アスペルガーの人は他者の靴を履けない人たちだ。他者の靴なんてものがあることにさえ気づかない。自分からのビジョンが他人には見えており、少し説明すれば自分が考えていることをすべてわかってくれると思っている。

彼が机の上にあるものを床にぶちまけるのは、ちょっと考えれば自分が朝料理をするときに邪魔であるとわかるのに予め退けておかないお前らが悪い。という風になる。

今までよくやってこれたものだと思う。だいぶ無理をして中学高校に適応しようとしていたのだろう。

昔、めちゃくちゃ機嫌の悪い母親に話しかけてよく怒られていたのを覚えている。観察すれば機嫌が悪いのがわかるのになぜわざわざ怒られに行くのか、と不思議だったものだ。顔色を伺えない特性なんだと思うと今やっと納得できる。

なんてハードモードなんだろう。他の人は相手がどう考えているか想像したり、感情を読み取ったりできるのに彼にその機能はついていない。

生まれたときから難易度鬼のゲームやってれば、人間関係問題起こりまくりでメンタルだって崩すよなぁ。なんでそんなハードな人間用意したんだ神様、そりゃないよと言ってやりたい。

でもそれでも、わたしは憎いのかもしれない。わたしの弟が。他人の靴を履けないあいつが。

彼には傷つけるつもりがなくても、傷ついている母がいる。父がいる。そして愛してくれている両親がいる。なぜなぜなぜ。

母には母の人生を生きてほしいのだ。弟の一挙手一投足に緊張して注意を払って削られて欲しくない。わたしのヒーローでいてほしいのに。

 

そして今日も母の愚痴を聞く。