タチバナの、合理的なまいにち

将来について迷走する女子大生。テクノロジー、本、漫画が好き。

【ネタバレ有り】映画「メッセージ」を見て  すべてを知った上で、彼女はサラダボウルを手にとる

 

午後四時過ぎ、見終わってから数時間、この映画のことしか考えられなかった。心をもっていかれるというのはこういうことなのかと実感した。

 

おおまかなあらすじは以下の通り。

 

突然地球に舞い降りた12の謎の飛行物体。アメリカ軍のウィーバー大佐は知的生命体とコミュニケーションを取るため言語学者ルイーズを招聘することに。ルイーズは飛行体近くに位置するモンタナ米軍キャンプに趣き、生物学者イアン・ドネリーと共に言語解読に挑みます。

彼らはなぜ、何のために地球にやってきたのか?人類は滅ぼされてしまうのか?その謎が明かされたとき、映画は人々の感情を揺さぶるラストを迎えます。

 

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この映画は良さをネタバレなしでは伝えづらい。

 

ネタバレを見たあとでも楽しめる作品ではあるが、初見のほうが感動は大きいだろう。

まだ見たことのない人は、ぜひ何も見ずに一度見てほしい。このあらすじだけじゃ、見る気にならんのもよくわかるが、とにかく見ればわかる。

 

では、ネタバレ込みのあらすじ感想いきます。

 

流れと感想

この映画では、異星人とのコンタクトもので省かれがちな、言語による意思疎通をはかるところがメインに据えられている。

 

異星人とコミュニケーションをとるというのは、考え得るよりもはるかに困難なことであろう。主とする意思疎通手段が発声によるものかもわからない。発声器官からして全く異なり、人間の耳で聞き取れる波長での会話かもわからない。

幸いにして、’彼ら’は人にも聞き取ることのできる音を発する生き物であった。

しかし、会話による意思疎通は困難を極める。そこで、主人公ルイーズは「文字」によって通じ合うことを試みた。

この文字がまためっちゃかっこいいんだなぁ。円の形をした思いつきそうであまりなかった墨で書いたような字。デザインした人の感性がうらやましい。

 

‘彼ら’と対話を重ねるうちに、使われている文字はアルファベットのような表音文字ではなく、1つの文字で一文を表すものだった。便宜上「表義文字」と定義されていた。

 

ここら辺の流れも非常に面白かった。人が全くの未知の言語を理解しようと思ったらこういうアプローチになるんだろうなぁと思える。

ルイーズは本当に言語の天才なんだろうな。

極限の状況でも、緻密な論理に基づく解析。かっこよすぎるんや。

 

彼らとの対話を進め、文字をだんだん理解していく過程で彼女は気づいた。

彼ら’に時の流れという概念は存在しない。

 

ここで本作の重要ポイント、サピア=ウォーフ仮説。

 

話す言語によってその人の世界観や、考え方が決定づけられるという仮説だ。つまり、ルイーズは、少しずつエイリアンの言語を学んでいくことで、人生に対する考え方がかわっていくんだ。

 

日本人なら日本語的な、アメリカ人なら英語的なものの考え方に縛られているということだ。

 

‘彼ら’の言葉を理解しはじめた彼女は頭にある女の子との情景が頭に浮かぶことになる。彼女は、未来を思い出せるようになっていたのだ。

‘彼ら’の概念には、過去から現在、そして未来に流れる「時」が存在しない。過去も現在も未来もすべて等しく扱われるのだ。

ルイーズは、ここからの重要な場面を「未来を思い出す」ことによって切り抜けることになる。

 

最後、人間側からの攻撃をやめさせることに成功し、‘彼ら’は去って行く。

 

人間に彼らの言葉という贈り物を残し。

 

ルイーズは‘彼ら’の言葉を理解したときから、彼女が死ぬまでに経験するすべてをすでに知っている。

 

そして彼女は知ったとおりに相棒のイアンと結ばれる。数年後に別れてしまうことも知った上で。

そしてラスト、彼女は「ぼくたち、子どもを作らない?」の問いかけにイエスと答えるのだ。たとえその子が病気で亡くなることを知っていても。

 

 

自分ならどうだろう、と考えずにはいられなかった。娘を亡くすことを知った上で、子どもを産もうと思うのか。

 

作中でのルイーズ問いかけに対するイアンの答えに心を揺さぶられた。

「もしこれからさきおこることがわかっていたらどうする?」

「そしたら僕は、今の気持ちをもっと伝えようと思うよ」

 

 

原作

映画を見終えて気持ちが落ち着いたとき、すぐに原作を買って読んだ。原作の邦題は「あなたの人生の物語」この”あなた”が指すのは、もちろん読者であり、主人公ルイーズでもある。しかし、やはり”彼女”を指しているんだろうな、と思ってしまうのだ。

 

原作を読むことで、‘彼ら’の時間のとらえ方がよくわかった。映画とはまた別の比喩で表している。映画では、わかりやすくするために「環」がモチーフとして使われていた。原作では、秀逸な物理的な比喩が用いられている。また、彼らの物事のとらえ方に関してもより詳しく描写されている。SF的な考察は、原作でより掘り下げられていただろう。

 

また、‘彼ら’の言語を解析する過程も細やかに書かれていた。

 

映画では、原作の視覚的に表現するのが難しいと思われる場面をうまく表現を変えて描写しており、監督の才能に感動してしまった。

 

原作で特に印象に残った場面がある。

私は、「未来を知った上で行動を変えない」という点がよくわからなかったのだが、とてもわかりやすく説明されている。ルイーズとパートナーがスーパーに買い物に行く場面で、彼女はサラダボウルを見つける。そのとき彼女は、サラダボウルを頭に落っことして大けがをする未来の娘を「思い出す」。しかし彼女はそのサラダボウルを手に取り、「ちょうどよさそうなサラダボウルね。」とつぶやくのだ。

 

 

最後に

こんな話を思いつく人がいることに感動する。そして、こんなにも映像化しづらい話をあんなにも上手く映画として昇華させられる手腕にも。

 

宇宙戦争、侵略、ドンパチのみを期待してこの映画を見ると訳がわからないだろう。実際、地味な映画である。話はあまりにも壮大で、考えはじめると止まらないくらいなのだが。

 

私は面白い映画、小説、アニメを見たときにはいろいろな人の感想を見ることにしている。そんなとき、もちろんその作品を褒め称えている人ばかりではなく、低評価をする人もいる。

 

実際、このメッセージの感想にも極端に低い評価をつけている人がたくさんいた。

 

いつもなら、ひどい、悲しい、むかつく、などなどの感情がわいてくる。

 

今回は違った。ただひたすらに、「かわいそう」

 

こんな書き方をすると、すごく傲慢で人を見下していて嫌なやつ、としかとれないだろう。

 

それもわかった上で書く。本当にかわいそうだ。この作品の良さがわからないなんて。この作品について考え気づく喜びが得られないなんて。見終わったあと、訳もわからず涙があふれる体験ができなかったなんて。

 

 

 

私はこの作品に出会えてよかった。